日本の首都圏は、その政治、経済、文化、人口の中心としての重要性から、有事や大規模災害発生時における防衛・治安維持が極めて重要視されています。「首都防衛本」という言葉は、こうした首都圏の安全を確保するための包括的な計画や体制を指すものと考えられます。これは単一の公文書として存在するものではなく、様々な法令、省庁間の取り決め、部隊の行動計画などが有機的に組み合わさった、いわば「首都を防衛するための考え方と具体的な手順の総体」であると言えます。本記事では、この首都防衛に関する計画がどのようなもので、なぜ必要なのか、誰が、どこで、どのように関わるのかなど、具体的な側面に焦点を当てて解説します。

【首都防衛本】とは具体的にどのようなものか?

「首都防衛本」と一般的に称されるものは、特定の「本」や「マニュアル」として公開されているものではありません。これは、有事(武力攻撃事態など)や、それに準ずる緊急事態(大規模テロ、重要施設への攻撃、大規模災害時の治安悪化など)が発生した場合に、首都機能の維持、国民の生命・財産の保護、国家としての継戦能力の確保を目的とした、
包括的な計画・体制の総称です。

この計画は、以下のような多岐にわたる要素を含んでいます。

  • 脅威の想定と分析: どのような種類の攻撃(ミサイル攻撃、特殊部隊による浸透、サイバー攻撃、重要インフラ破壊、複合事態など)が首都圏に対して行われる可能性があるかを想定します。
  • 初期対応計画: 攻撃発生時の第一報、情報収集、関係機関への伝達、初動部隊の展開に関する手順。
  • 武力攻撃への対処計画: 航空攻撃への迎撃(弾道ミサイル、巡航ミサイル、航空機)、地上侵攻部隊への対処、海上からの攻撃への対処など、自衛隊の具体的な作戦計画。
  • 治安維持計画: 大規模混乱発生時の治安維持、テロリストの制圧、重要施設の警備強化など、警察機関との連携を含む計画。
  • 国民保護計画: 住民の避難誘導、避難施設の確保、救援物資の供給、医療支援、情報の伝達など、地方公共団体や国民保護担当部隊との連携。
  • 重要施設防護計画: 政府中枢、国会議事堂、皇居、主要交通網(空港、駅、港湾)、エネルギー施設、通信施設などの防護体制。
  • 後方支援・継戦能力維持計画: 部隊の補給、整備、衛生、施設の復旧、代替機能の確保など。
  • 関係機関との連携計画: 自衛隊、警察、海上保安庁、消防、地方公共団体、民間事業者などの間の連携、情報共有、共同対処に関する取り決め。

これらの計画は、情勢の変化や新たな脅威に応じて、常に検討・更新されていると考えられます。

なぜ首都圏に特化した防衛計画が必要なのか?

日本全国どこも国土であり防衛の対象ですが、首都圏には国家機能が集中しており、その喪失や麻痺が国全体に致命的な影響を与えるため、特に重点的な計画が必要です。その主な理由は以下の通りです。

  • 国家中枢の所在地: 国会、内閣、最高裁判所、各省庁が集結しており、これらが機能を喪失すれば国家としての意思決定、指揮命令系統が麻痺します。
  • 皇居の存在: 象徴天皇のおわす場所であり、国家の象徴としての重要性から厳重な警備と防護が必要です。
  • 膨大な人口と経済活動: 世界有数の過密地帯であり、攻撃が発生した場合の人的被害や経済的損失が極めて甚大になります。また、多数の避難民発生への対応も計画なしには不可能です。
  • 重要インフラの集中: 交通網(鉄道、道路、空港、港湾)、エネルギー供給網、通信網などが複雑に張り巡らされており、これらの破壊は広範囲にわたる影響を及ぼします。
  • 情報機能の集中: 主要な報道機関や通信インフラが集まっており、情報戦においても重要な拠点となります。
  • 地理的特性と脆弱性: 平野部が広がり、海岸線や河川も多いため、様々な方向からの攻撃経路が想定され得ます。また、超高層ビル群や地下鉄網など、都市構造の複雑さが特殊な対処を要求します。

これらの特性から、首都圏における有事対処は、他の地域とは異なる、より緻密で多層的な計画と、平時からの徹底した準備が必要となるのです。

首都防衛計画に関わるのは誰か、どこが対象地域か?

関わる組織

首都防衛に関する計画の立案と実行には、以下のような多様な組織が関与します。

  • 防衛省・自衛隊:
    • 統合幕僚監部: 全体的な作戦計画の策定、各部隊の運用調整。
    • 陸上自衛隊: 東部方面隊(司令部:朝霞駐屯地)が主たる担当。特に第1師団(練馬駐屯地)などが首都圏の防衛警備を直接担います。その他、特殊作戦群、中央特殊武器防護隊など専門部隊も投入され得ます。重要施設警備、市街地戦闘、不正規戦対処、国民保護、災害派遣などの任務にあたります。
    • 海上自衛隊: 横須賀地方総監部などが東京湾および周辺海域の警戒、不審船対処、港湾防護などを担います。
    • 航空自衛隊: 航空総隊司令部(横田基地)の指揮下、首都圏防空を担当。PAC-3などの高射部隊(首都圏には複数の配備場所がある)によるミサイル迎撃や、戦闘機部隊による要撃を行います。
    • 情報本部: 情報収集・分析。
  • 警察庁・都道府県警察:
    • 警視庁: 首都の治安維持の主役。テロ対策、重要施設警備(国会議事堂、首相官邸、皇居など)、交通規制、避難誘導、大規模混乱対処など広範な任務にあたります。特殊部隊(SAT, SIT)、機動隊などが投入されます。
    • 周辺県警察: 埼玉県警、千葉県警、神奈川県警などが連携し、広域での治安維持や避難誘導を担います。
  • 海上保安庁: 東京湾内の不審船対処、海上テロ対策、海難救助、港湾の安全確保など。
  • 消防: 大規模火災への対応、救助活動、救急活動。
  • 地方公共団体(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県など): 住民への情報伝達、避難所の設置・運営、救援物資の配給、医療・保健衛生、インフラ応急復旧など、国民保護措置の実務を担います。
  • その他: 国土交通省(交通・インフラ管理)、経済産業省(エネルギー)、防衛施設庁(現:防衛省施設監)、各重要インフラを管理する民間事業者なども、それぞれの専門分野で連携・協力を行います。

対象地域

「首都防衛」の対象地域は、東京都を中心とした広範なエリアを指します。具体的には、東京都の島嶼部を除く全域に加え、埼玉県、千葉県、神奈川県のそれぞれ首都圏に属する主要都市や重要施設を含む地域が対象となります。これは、脅威が都県境を越えて広がる可能性が高く、またこれらの地域が相互に緊密な社会的・経済的な結びつきを持っているためです。

  • 核心地域: 千代田区(政府中枢、皇居)、港区、新宿区、中央区など、政府機関や重要施設が集積するエリア。
  • 重要拠点: 主要駅(東京、新宿、池袋など)、空港(羽田、成田)、港湾(東京港、横浜港、千葉港など)。
  • 戦略的要衝: 在日米軍基地(横田基地、キャンプ座間、横須賀海軍施設など – これら自体は日米地位協定下の扱いとなるが、周辺地域防護や連携において重要)、自衛隊駐屯地・基地(朝霞、練馬、市ヶ谷、習志野、百里など)、PAC-3配備地域。
  • 周辺支援地域: 首都圏を取り巻く各県の、部隊展開や後方支援、避難受け入れなどに利用される地域。

計画では、これらの地域における地理的特性、人口密度、インフラ配置などを詳細に分析し、それぞれの場所に応じた具体的な対処方法が定められています。

首都防衛はどのように行われるのか?

首都防衛は、単一の作戦ではなく、複数のレベルと組織が連携して行われる重層的な取り組みです。その「どのように」を具体的に見ていきます。

情報収集と警戒態勢

有事の兆候を早期に察知するため、平時から様々な情報収集活動が行われています。人工衛星、警戒管制レーダーサイト、イージス艦、航空機、 SIGINT(信号情報)など、多様なアセットが活用されます。不審な動きがあれば、警戒レベルが引き上げられ、関係機関間で情報が共有されます。海上保安庁や警察も、沿岸や市街地での警戒を強化します。

初期対処と関係機関連携

攻撃や緊急事態が発生した場合、最寄りの部隊や警察署、消防が初期対応を行います。自衛隊の「治安出動」が発令されれば、警察との連携の下、広範囲での治安維持や重要施設警備にあたります。警察の特殊部隊(SAT)や自衛隊の特殊作戦群などが連携してテロリスト制圧にあたる可能性もあります。

自衛隊法 第81条の2(治安出動)
(一部抜粋)
内閣総理大臣は、間接侵略その他の緊急事態に際し、一般の警察力をもっては、治安を維持することができないと認められる場合に、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。

この治安出動においては、自衛隊は警察官職務執行法に準じた権限を行使することが可能となり、平時以上に踏み込んだ対応が可能となります。自衛隊と警察は、共同訓練などを通じて連携手順を確認しています。

武力攻撃への対処

  • 対空防御: 航空自衛隊のPAC-3部隊が弾道ミサイルなどの飛来経路を予測し迎撃を行います。戦闘機部隊は領空侵犯機等へのスクランブル発進や要撃を行います。これらの指揮は航空総隊司令部などで行われます。
  • 地上・市街地対処: 陸上自衛隊の普通科部隊などが、想定される侵攻ルートや重要施設周辺で防御戦闘、あるいは市街地におけるゲリラ・特殊部隊等への対処を行います。市街地での戦闘は、地形が複雑で非戦闘員が多数存在するため、極めて困難な状況が想定され、専門的な訓練が必要です。
  • 海上・沿岸対処: 海上自衛隊や海上保安庁が連携し、東京湾への侵入を試みる艦船や不審船への対処、沿岸部への上陸阻止を行います。

国民保護措置

これは地方公共団体が主体となり、自衛隊や警察などが支援する活動です。

  • 避難誘導: 攻撃予測や被害状況に基づき、住民に対して避難情報の伝達と安全な避難場所への誘導を行います。過密な首都圏での大規模避難は、交通機関の麻痺なども予想され、大きな課題となります。
  • 避難所運営: 避難所の開設、食料・水・毛布などの提供、衛生管理、医療支援などを行います。
  • 救援活動: 被災者や避難者に対する捜索・救助、医療支援、生活支援を行います。
  • 情報の伝達: エリアメール、テレビ、ラジオ、SNSなど多様な手段を用いて、正確な情報を迅速に国民に伝えます。

これらの措置は、国民保護法に基づき実施され、自衛隊の部隊(国民保護等派遣)も地方公共団体と連携して支援にあたります。

指揮・通信

有事においては、政府、防衛省、自衛隊各部隊、警察、海上保安庁、地方公共団体など、多数の組織間で迅速かつ正確な情報伝達と意思決定が不可欠です。強固な通信ネットワークの構築や、指揮所機能の維持が計画の根幹をなします。地下深くにある指揮所や、移動可能な指揮車両なども活用されると考えられます。首相官邸や防衛省などの中枢機能の代替施設の確保も重要な要素です。

どれくらいの資源(人員、装備、予算)が関わるのか?

首都防衛に直接的・間接的に関わる資源の「総量」を正確に特定し、公表することは安全保障上の観点から行われませんが、その規模は極めて大きなものであると推測されます。

  • 人員: 首都圏とその周辺に司令部や部隊を置く陸上自衛隊東部方面隊の約2万人が中核となります。これに加えて、海上自衛隊・航空自衛隊の首都圏に関係する部隊、有事の際に他方面隊から増援される部隊、警察官(警視庁だけで約4万3千人、周辺県警も合わせると数万人)、海上保安官、消防吏員、地方公共団体の職員などが連携して対応にあたります。総計すると、数十万人規模の人員が、直接的・間接的に首都防衛に関連する活動を行う可能性があります。
  • 装備:
    • 陸上自衛隊:戦車、装甲車、火砲、迫撃砲、対戦車ミサイル、対空ミサイル(近SAMなど)、各種ヘリコプター、偵察用ドローン、通信装備、NBC(核・生物・化学)対処装備、施設機材など、多様な装備が投入されます。特に市街地戦闘や重要施設警備に対応した装備が重視されます。
    • 海上自衛隊:護衛艦、掃海艇、哨戒機、ヘリコプターなど。
    • 航空自衛隊:戦闘機(F-15, F-35など)、輸送機、早期警戒管制機、地対空誘導弾PAC-3など。
    • 警察:パトカー、白バイ、装甲車、放水車、各種火器、通信装備、ドローンなど。特殊部隊は高度な火器や光学機器などを装備しています。
    • 海上保安庁:巡視船艇、航空機など。

    これらの装備は、平時から首都圏およびその周辺に配備されているものと、有事において他の地域から展開されるものがあります。PAC-3のように、首都防衛の目的で特定の場所に配備されているものも存在します。

  • 予算: 首都防衛「だけ」に特化した予算項目があるわけではありませんが、防衛費、警察予算、海上保安庁予算、国民保護予算(地方交付税含む)の中で、首都圏における部隊維持費、装備購入費(特に防空、対テロ、市街地戦闘関連)、施設整備費(地下指揮所、強靭化)、訓練費、備蓄(食料、物資)など、間接的に多額の予算が充てられています。全体の防衛費が年間約6~7兆円規模であること、警視庁予算が年間約6千億円規模であることなどを踏まえれば、首都防衛に関わる総コストは膨大なものになると推測されます。

このように、首都防衛は単に軍事的な側面だけでなく、警察、消防、海保、地方公共団体、さらには国民自身の協力も不可欠な、国家総力とも言えるべき取り組みであり、その維持・強化には継続的に多大な資源が投入されています。

どのように計画は維持・更新されるのか?

脅威は常に変化し、技術は進化します。そのため、首都防衛に関する計画も固定されたものではなく、定期的な見直しと更新が行われています。

  • 情勢評価: 国際情勢の変化、周辺国の軍事動向、新たなテロの脅威、サイバー攻撃技術の進展などを継続的に評価し、想定すべき脅威シナリオを見直します。
  • 訓練・演習: 自衛隊単独での訓練に加え、警察、海上保安庁、地方公共団体など関係機関との共同訓練が繰り返し実施されます。これにより、計画の実効性を検証し、連携手順を確認し、課題を抽出します。実動訓練、図上訓練(机上演習)など、様々な形態で行われます。
  • 技術革新の反映: ドローン対策、サイバー防御、情報通信技術(C4Iシステム)、精密誘導兵器への対処など、最新の技術動向を踏まえて装備や対処方法が見直されます。
  • インフラ整備: 指揮通信施設の強靭化、重要施設の防護強化、避難施設の確保、交通網の代替路確保など、ハード面の整備も計画に基づいて進められます。
  • 国民保護計画の見直し: 人口動態の変化、新たな災害リスク、避難シミュレーションの結果などを踏まえ、避難計画や救援体制が見直されます。
  • 法制度の整備: 有事関連法制や国民保護法制の整備、武力攻撃事態対処法の運用に関する細則の見直しなども、計画実行の法的根拠となります。

これらのプロセスを通じて、首都防衛計画は常に最新の状態に保たれ、変化する脅威環境に対して有効な対処が可能となるよう努められています。計画の詳細は多くが秘匿されていますが、共同訓練の様子や国民保護訓練の実施状況など、一部は公開されており、国民もその一端を知ることができます。

首都防衛は、国家の根幹を守るための究極のセーフティネットであり、そこに関わる計画と体制は、見えないところで絶え間ない努力によって維持されているのです。


首都防衛本

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