【重度心身障害者】その状態、必要な支援、課題、そして支えについて
「重度心身障害者」という言葉は、私たちの社会の中で特別な配慮と支援を必要とする方々を指します。しかし、その状態が具体的にどのようなもので、どのような支援が必要とされているのか、また、ご本人やご家族がどのような日々を送っているのかについて、詳細な理解は必ずしも広く行き渡っているわけではありません。この記事では、重度心身障害者に関する具体的な疑問に焦点を当て、その実像に迫ります。単なる定義や統計に留まらず、日常生活、必要なケア、直面する課題、そして支え合う仕組みについて、深く掘り下げていきます。
重度心身障害者とは具体的にどのような状態か?(「それは何か?」に答える)
重度心身障害者とは、文字通り重度の身体障害と重度の知的障害が重複している状態の方々を指します。この「重複」が非常に重要で、それぞれの障害が独立して存在するだけでなく、互いに影響し合い、日常生活全般にわたって極めて広範かつ集中的な支援が必要となることが特徴です。
身体障害と知的障害の重なり
身体障害は、運動機能、視覚、聴覚、内部機能など、身体の働きに著しい制限があることを意味します。重度の場合、自力での移動、食事、排泄、入浴などが極めて困難、あるいは不可能である場合が多く、常に他者の介助が必要です。また、姿勢の維持が難しかったり、呼吸器や胃ろうなどの医療的な処置が必要だったりすることも珍しくありません。
知的障害は、認知機能や適応能力に著しい遅れや制限があることを意味します。重度の場合、抽象的な思考、学習、判断、問題解決などが難しく、危険を回避したり、自身の意思を言葉で伝えたりすることが困難です。日常生活に必要なスキル(着替え、簡単な身の回りのことなど)の獲得も非常にゆっくりであるか、限定的です。
この二つが重なることで、単に「身体が不自由」あるいは「知的な発達が遅れている」というだけでなく、自身の身体の状況を理解すること、介助の意図を把握すること、不快や要求を伝えることなど、生きていく上で基本的な活動のすべてに介助と専門的なアプローチが必要となります。例えば、身体が動かせなくても、知的障害のために介助の必要性を理解できなかったり、逆に知的理解があっても、身体が動かせないために意思表示が限られたりします。両方の障害が複雑に絡み合い、より高いレベルの個別化された支援が求められるのです。
日常生活における具体的な特徴
- 食事: 多くの場合、自分で食べることが難しく、介助が必要です。摂食・嚥下機能に問題があることも多く、刻み食、ミキサー食、あるいは胃ろうからの経管栄養が必要となることもあります。
- 排泄: 自力での排泄管理はほぼ不可能で、オムツの使用や、カテーテルによる導尿、人工肛門などの医療的処置を必要とする場合があります。
- 移動: 寝たきり、あるいは車椅子を使用しても全介助が必要な場合がほとんどです。安全に体位を変えたり、ベッドから車椅子へ移乗させたりといった高度な介助スキルが必要です。
- 意思疎通: 言葉での会話は難しい場合が多く、表情、声、体の動き、サインなどを読み取る、あるいは視線入力やスイッチなどの補助具を使うなど、代替・補助的なコミュニケーション方法が不可欠です。
- 健康管理: 免疫力が低い、合併症を起こしやすいなど、医療的なリスクが高い傾向があります。日常的な健康観察、定期的な診察、緊急時の対応が頻繁に必要となります。
なぜ重度の心身障害が発生するのか?(「なぜ?」に答える)
重度心身障害の原因は多岐にわたり、単一の要因で説明できないことも少なくありません。多くの場合は、脳の発達や機能に影響を与える要因が、出生前、出生時、あるいは出生後に発生することによって引き起こされます。
- 先天的な要因:
- 遺伝子の異常: 染色体異常(ダウン症候群など、特に他の合併症を伴う場合)、あるいは特定の遺伝子の変異によって、脳や身体の発達に重篤な障害が生じることがあります。
- 妊娠中の問題: 母親の感染症(風疹、サイトメガロウイルスなど)、特定の薬剤の服用、放射線被曝、重度の栄養失調などが、胎児の脳や身体の正常な発達を阻害することがあります。
- 周産期の問題:
- 低酸素性虚血性脳症: 出産前後に脳への酸素供給が不足したり、血流が悪くなったりすることで、脳細胞が損傷を受け、重度の機能障害につながることがあります。
- 重度の仮死: 出生時に呼吸が開始されず、長時間酸素が供給されない状態が続くと、脳に大きなダメージを与えます。
- 早産・極低出生体重児: 未熟な状態で生まれた赤ちゃんは、脳室内出血やその他の合併症を起こしやすく、その結果、重度の障害を残すことがあります。
- 後天的な要因:
- 重度の脳炎・髄膜炎: 乳幼児期にこれらの感染症にかかり、脳に重篤な炎症が起きると、広範囲な脳損傷につながることがあります。
- 重度の頭部外傷: 事故などで頭部に大きな損傷を受けると、脳の機能が失われ、重度の障害に至ることがあります。
- 脳腫瘍など: 脳に発生した腫瘍や血管系の異常が、脳の重要な機能を破壊することがあります。
これらの原因が単独である場合もあれば、複数の要因が組み合わさって影響を及ぼす場合もあります。例えば、早産によって生まれた赤ちゃんが、さらに脳室内出血を起こし、その後の感染症によって状態が悪化するといったケースです。原因が特定できる場合もありますが、原因不明とされるケースも少なくありません。重要なのは、一度損傷を受けた脳機能の回復は難しく、障害は永続的であることが多いという点です。
日常生活でどのような支援が必要か?(「どのように?」に答える)
重度心身障害者の日常生活は、きめ細やかで専門的な、まさに「24時間365日」の支援によって支えられています。それは単なるお世話ではなく、生命の維持、健康の維持、安全の確保、そして個々の可能性を引き出すための複合的なアプローチです。
日々のケアと介助
食事、排泄、入浴、着替えといった基本的な生活行動の全てに介助が必要です。
- 食事の介助(摂食・嚥下支援): 誤嚥を防ぐため、姿勢の調整、一口量の管理、とろみをつけるなどの工夫が必要です。胃ろうからの栄養剤注入や水分補給も重要なケアです。
- 排泄の介助(オムツ交換、導尿など): 定期的なオムツ交換による清潔保持と皮膚トラブル予防、必要に応じて医療的な排泄管理を行います。
- 入浴・着替え: 安全な方法での入浴介助や、身体の状態に合わせた着替えの介助を行います。体温管理や皮膚観察も同時に行います。
- 体位変換・褥瘡予防: 同じ姿勢でいると褥瘡(床ずれ)ができるリスクが高いため、数時間ごとに体位を変えたり、クッションを使ったりして圧迫を分散させます。
医療的ケア
日常的な医療管理や処置が不可欠です。
- 経管栄養: 鼻や胃に留置したチューブから栄養剤や水分を注入します。チューブや注入器の管理、衛生状態の維持が必要です。
- 痰の吸引: 自分で痰を出すことが難しい場合、気道を確保し呼吸を楽にするために、吸引器を使って痰を取り除きます。
- 呼吸管理: 呼吸器を使用している場合や、呼吸状態が不安定な場合は、機器の管理や状態の観察が重要です。
- 薬剤管理: 多くの合併症や基礎疾患を抱えていることがあり、複数の薬剤を正確に管理し、時間通りに投与する必要があります。
- 定期的な診察・検査: 状態の変化を見逃さないよう、医師や看護師による定期的な診察や、必要に応じた検査が不可欠です。
コミュニケーション支援
言葉でのやり取りが難しいため、ご本人のサインを理解し、様々な方法で意思疎通を図る工夫が求められます。
- 非言語サインの読み取り: 表情の変化、声のトーン、体の緊張、目の動きなどで、快適・不快、好き・嫌いなどを推測し、理解しようと努めます。
- 代替・補助コミュニケーション(AAC): 身体の一部(手、足、頭など)のわずかな動きでスイッチを押して意思表示をしたり、タブレット端末の専用アプリを使ったりする方法があります。五感を刺激する(触れる、聞かせる、見せる)ことで反応を引き出すことも重要です。
活動と教育・リハビリテーション
可能な範囲での身体機能の維持・向上、感覚刺激、社会とのつながりを保つための支援です。
- リハビリテーション: 理学療法士(PT)による関節可動域訓練や姿勢保持、作業療法士(OT)による感覚統合や手の機能訓練、言語聴覚士(ST)による摂食・嚥下訓練やコミュニケーション支援などが行われます。
- 特別支援教育・日中活動: 個々の発達段階や興味に合わせた Sensory play(感覚遊び)、音楽活動、アート活動などを行います。機能訓練を含んだり、社会性を育んだりする機会を提供します。
- 外出支援: 可能な範囲で、散歩やイベント参加など、外の世界に触れる機会を設けることで、QOL(生活の質)の向上を図ります。
どのような場所で生活し、支援を受けられるか?(「どこで?」に答える)
重度心身障害者の生活と支援の場は、ご本人の状態やご家族の状況、利用できる社会資源によって異なります。主に以下の場所が選択肢となります。
在宅での生活
多くの重度心身障害者は、家族の介護を中心に自宅で生活しています。この場合、訪問看護ステーション、訪問介護事業所、居宅介護事業所、訪問リハビリテーションなど、地域の様々な障害福祉サービスや医療サービスを組み合わせて利用することになります。近年は、医療的ケアが必要な子どもや成人に対する訪問看護の重要性が増しています。家族は自宅で専門的なケアを提供するためのトレーニングを受けたり、相談支援専門員を通じてサービス調整を行ったりします。
入所施設
24時間体制での専門的なケアが必要な場合や、ご家族での介護が困難な場合には、入所施設が選択肢となります。重度心身障害者を専門に受け入れている施設もあります。
- 医療型障害児入所施設・医療型短期入所事業所: 主に18歳未満の重症心身障害児が入所・短期入所する施設で、医学的な管理や治療、機能訓練、生活支援が一体的に提供されます。
- 福祉型障害児入所施設・福祉型短期入所事業所: 主に知的障害や肢体不自由のある児童が入所・短期入所する施設ですが、重度心身障害児を受け入れている場合もあります。
- 障害者支援施設(施設入所支援): 18歳以上の重度心身障害者が入所し、日常生活上の介護や創作的活動、生産活動の機会などが提供されます。重症心身障害者に対応した専門性の高い施設もあります。
日中活動の場
自宅で生活している場合でも、日中に活動や支援を受けるために通所施設を利用することが一般的です。
- 生活介護事業所: 常に介護が必要な障害者に対し、入浴、排泄、食事の介護等を行うとともに、創作的活動又は生産活動の機会や、身体機能・生活能力向上のための支援を提供します。重度心身障害者を専門に受け入れている事業所もあります。
- 児童発達支援センター/事業所、放課後等デイサービス(主に児童期): 未就学児や学齢期の重度心身障害児が、発達段階に応じた専門的な支援や活動を行います。医療的ケアに対応している事業所も増えています。
特別支援学校
学齢期の重度心身障害児は、特別支援学校に通学し、教育を受けることができます。特別支援学校には、教員の他に、看護師や理学療法士、作業療法士、言語聴覚士といった専門職が配置されており、医療的ケアやリハビリテーションを受けながら学習を進めることが可能です。訪問教育という形で、自宅で教育を受ける選択肢もあります。
必要な支援にはどれくらいの負担がかかるか?(「どれくらい?」に答える)
重度心身障害児・者の支援には、計り知れないほどの経済的、身体的、そして精神的な負担が伴います。これはご本人だけでなく、主に介護を担うご家族にとって、非常に重い現実です。
経済的負担
医療費、福祉サービス費、日々の消耗品費(オムツ、医療用品など)、住宅改修費、送迎に必要な車両費など、多岐にわたる費用がかかります。公的な医療費助成制度(小児慢性特定疾病医療費助成制度、自立支援医療費制度など)や障害福祉サービスの利用者負担軽減措置、各種手当(特別児童扶養手当、障害児福祉手当など)がありますが、それでも自己負担は少なくありません。特に、保険適用外のサービスや、遠方の専門機関への通院にかかる交通費などは、家計を圧迫する要因となります。介護のために仕事に制約が生じることによる収入減も大きな問題です。
身体的・精神的負担
重度心身障害者の介護は、身体的に非常に重労働です。寝たきりの方の体位変換や移乗、入浴介助などは、常に腰痛などのリスクを伴います。また、夜間も含めて頻繁なケアが必要なため、介護者は十分な睡眠や休息をとることが難しく、慢性的な疲労状態に陥りやすいです。
精神的な負担も深刻です。医療的ケアのミスが許されない緊張感、先の見えない不安、他の兄弟姉妹との関わり方、社会的な孤立感など、様々なストレスに日々さらされています。ご本人の状態が急変する可能性への恐れも常に付きまといます。
「24時間、365日」という言葉が、重度心身障害者の介護における時間的な拘束と、それによる介護者の身体的・精神的な負担の重さを物語っています。介護者に休息の機会(レスパイトケア)を提供するサービスの充実は、非常に重要な課題です。
家族や支援者はどのように関わり、支えていくのか?(「どのように?」の続き、「どうやって?」)
重度心身障害者への支援は、単に技術的なケアを行うだけでなく、その方の尊厳を守り、可能な限り豊かな生活を送れるようにするための、深い関わりと支えが必要です。これは、専門知識やスキルに加えて、観察力、忍耐力、そして何よりもご本人への愛情と敬意に基づいています。
- 個々のサインを理解するスキル: 言葉で伝えられないからこそ、ご本人の小さな表情の変化、体の動き、声のトーンなどから、その時々の気持ちや要求、体調の変化を敏感に察知しようと努めます。これは長年の経験と注意深い観察によって培われます。
- 医療的ケアの習得と実践: 在宅で生活する場合、ご家族自身が痰の吸引や経管栄養といった医療的ケアを習得し、日常的に行う必要があります。これには専門職からの指導と、高い責任感が伴います。
- 社会資源の情報収集と活用: 利用できる福祉サービス、医療サービス、地域の支援制度などを探し、ご本人にとって最も適切な支援計画を立て、実行していく能力が必要です。相談支援専門員などの専門職との連携が不可欠です。
- 家族自身の休息(レスパイトケア)の確保: 介護者が燃え尽きてしまわないよう、短期入所サービスや訪問介護サービスなどを活用して、意識的に休息をとる時間を設けることが極めて重要です。介護者の健康維持なくして、長期的な介護は成り立ちません。
- 同じ立場の家族との交流(ピアサポート): 同じような状況にある他の家族と悩みを共有したり、情報交換をしたりすることは、精神的な支えとなります。親の会や患者会などのコミュニティの存在は非常に大きいです。
- チームでの連携: 在宅であれ施設であれ、医師、看護師、リハビリ専門職、相談員、ヘルパー、学校の先生など、多様な専門職が連携し、情報を共有しながら一貫した支援を提供することが理想です。家族もそのチームの一員として、積極的に関わることが求められます。
重度心身障害者が直面する課題は何か?
重度心身障害者は、その生涯を通じて様々な困難に直面します。
- 健康面のリスク: 重度な基礎疾患や合併症(誤嚥性肺炎、痙攣、褥瘡、側弯症など)を起こしやすく、突然の体調悪化や予期せぬ入院のリスクが常にあります。命に関わる状況に頻繁に直面する可能性も高いです。
- 社会参加の機会の制約: 移動の困難さ、コミュニケーションの壁、医療的ケアの必要性などから、外出したり、地域社会の活動に参加したりする機会が著しく限られがちです。
- 生涯にわたる支援体制の構築: 児童期には特別支援学校など教育と医療が連携した場がありますが、成人期になると利用できるサービスの種類や量が変化します。親が高齢になったり、亡くなったりした後の生活の場や支援体制をどう確保するかは、ご家族にとって最大の不安の一つです(「親亡き後」問題)。
- 意思決定支援: ご本人の意思を言葉で明確に表現することが難しい場合、どのようにしてその方の望みやニーズを汲み取り、意思決定を支援していくかは、倫理的にも実践的にも大きな課題です。
社会としての支えと今後の展望
重度心身障害者が、それぞれの場所で、可能な限り健やかに、そしてその人らしく生きていくためには、ご家族や個別の支援者だけでなく、社会全体の理解と支えが不可欠です。
インフラの整備(バリアフリー化、医療的ケア対応可能な事業所の拡充)、専門的な知識・スキルを持つ人材の育成、ご家族への経済的・精神的なサポート強化、そして何よりも、どのような重い障害があっても、一人ひとりがかけがえのない存在として尊重され、地域社会の一員として包摂されるという意識の醸成が求められています。
医療技術や支援方法の研究開発も進められており、未来への希望も生まれています。全ての人が尊厳をもって、安心して生活できる社会を目指し、重度心身障害者とそのご家族を取り巻く課題に対する取り組みは、これからも続いていく必要があります。