親告罪(しんこくざい)とは、日本の法律において、被害者やその法定代理人など、法律で定められた特定の者が告訴(こくそ)または告発(こくはつ)をしなければ、検察官が公訴を提起(裁判を起こすこと)できない種類の犯罪を指します。すべての犯罪がこの仕組みになっているわけではなく、特定の理由からこのように定められています。

親告罪とは何か?なぜ存在するのか?

親告罪の基本的な考え方

日本の刑事訴訟法では、原則として、犯罪が発生した場合、検察官は公益の代表者として事件を捜査し、起訴するかどうかを判断します。これは非親告罪(ひしんこくざい)と呼ばれる大半の犯罪にあてはまります。しかし、親告罪の場合は異なり、たとえ犯罪の事実があったとしても、被害者などの告訴がなければ刑事裁判に進めることはできません。これは、個人のプライバシーや家庭内の平和などを尊重し、国家による刑罰権の発動を被害者側の意思に委ねるという考えに基づいています。

なぜ特定の犯罪が親告罪なのか

親告罪の制度が存在する主な理由は複数あります。

  • 個人のプライバシーや名誉の保護: 名誉毀損罪や侮辱罪のように、被害者のプライバシーに深く関わる犯罪の場合、刑事手続きが進むことでかえって被害者の名誉や平穏な生活が損なわれる可能性があります。そのため、告訴するかどうかを被害者自身の意思に委ねています。
  • 家庭内の平和の尊重: 窃盗罪や詐欺罪などが親族間で行われた場合(後述の相対的親告罪)、外部からの介入(国家による刑罰)が家庭内の関係を破壊する可能性があると考えられています。家族間の問題はまず家族内で解決を試みるべき、という考え方です。
  • 微罪や情状的な配慮: 器物損壊罪のように、被害額が比較的小さく、加害者と被害者の間に個人的な関係がある場合など、必ずしも国家が積極的に介入して刑罰を科す必要がないと考えられるケースも含まれます。

このように、親告罪は、犯罪の性質とそれが社会や個人に与える影響を考慮し、国家刑罰権の謙抑性(むやみに発動しないこと)を示す制度と言えます。

親告罪に指定されている具体的な犯罪(親告罪一覧)

親告罪は、告訴がなければ絶対に公訴提起できない「絶対的親告罪」と、特定の身分関係にある場合に限り親告罪となる「相対的親告罪」に分けられます。

絶対的親告罪

これらの犯罪は、加害者と被害者の間にどのような関係があっても、必ず告訴が必要です。主に個人の名誉や感情、限定的な財産に関わる犯罪がこれにあたります。

刑法典の例

  • 名誉毀損罪(刑法第230条): 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損する罪。
  • 侮辱罪(刑法第231条): 事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱する罪。
  • 信書開封罪(刑法第133条): 正当な理由なく、他人の信書を開封する罪。
  • 秘密漏示罪(刑法第134条): 医師、弁護士など特定の職業の者が、その職務上知り得た他人の秘密を漏らす罪。
  • 器物損壊罪、動物傷害罪(刑法第261条、第263条): 他人の物を損壊したり、動物を殺傷したりする罪。
  • 不正競争防止法違反の一部など: 刑法典以外にも、特定の法律違反が絶対的親告罪とされている場合があります。

相対的親告罪

これらの犯罪は、本来は非親告罪ですが、加害者と被害者が特定の親族関係にある場合に限り、告訴がなければ公訴提起できません。これは、刑法第244条などの規定に基づきます。

刑法典の例

  • 窃盗罪、詐欺罪、恐喝罪、横領罪など(刑法第235条、第246条、第249条、第252条など): これらの財産犯が、以下の親族間で行われた場合。
  • 不動産侵奪罪(刑法第235条の2)、盗品等に関する罪(刑法第256条)など: 上記と同様に、特定の親族間で行われた場合。
  • 死体損壊罪・遺棄罪(刑法第190条): 親族間(配偶者、直系血族、兄弟姉妹、これらの親族以外の同居の親族)で行われた場合(刑法第192条)。

ここでいう特定の親族関係とは、刑法第244条第2項に準じ、配偶者、直系血族、同居の親族の間を指すのが一般的です(犯罪によっては若干範囲が異なる場合がありますが、これが基本です)。たとえば、夫が妻の財布からお金を盗んだ場合や、子が親の財産を騙し取った場合などがこれにあたります。しかし、子が別居している親戚の財産を盗んだり、友人の物を盗んだりした場合は、親告罪ではなく非親告罪となります。

告訴・告発の手続きと期間

誰が告訴できるのか

親告罪の告訴は、原則として被害者本人が行います。被害者が未成年者や成年被後見人である場合は、法定代理人(親権者や後見人など)が告訴を行います。また、被害者が死亡している場合は、その配偶者、直系血族、兄弟姉妹が告訴できます(名誉に対する罪など一部例外あり)。

なお、告発は、被害者本人や法定代理人以外でも、誰でも犯罪があると思われるときに捜査機関に申告し、処罰を求める行為です。非親告罪についても行われますが、親告罪については告訴がなければ公訴提起できないため、通常は被害者側による「告訴」が重要となります。

告訴の方法

告訴は、書面または口頭で、検察官または司法警察員(警察官など)に対して行います。告訴状には、犯罪事実(いつ、どこで、誰が、どのような行為をしたか)、被害の状況などを具体的に記載し、犯人の処罰を求める意思を明確に示す必要があります。警察に被害届を提出しただけでは告訴にはなりません。告訴の意思を明確に伝えることが重要です。

告訴の期間

告訴には期間の制限があります。原則として、犯人を知った日から6ヶ月以内に行う必要があります(刑事訴訟法第235条)。ここでいう「犯人を知った日」とは、犯罪の事実だけでなく、その犯人が誰であるかを知った日を指します。この期間を過ぎてしまうと、原則として告訴はできなくなり、たとえ親告罪に該当する犯罪事実があったとしても、公訴提起されることはありません。
なお、性犯罪など、被害者の心情に配慮が必要な一部の親告罪については、法改正によりこの期間制限が撤廃されています。しかし、名誉毀損罪や器物損壊罪など、多くの絶対的親告罪では6ヶ月の期間制限が依然として適用されます。

告訴の取り消し(告訴の撤回)

告訴は、一度行っても、公訴提起(起訴)されるまでであれば、いつでも取り消すことができます(刑事訴訟法第237条)。しかし、公訴が提起された後(起訴された後)は、告訴を取り消すことはできません。これは、一度公的な裁判手続きが開始された以上、被害者の一方的な意思でこれを覆すことはできないからです。
また、告訴を取り消した場合、同じ事件について再度告訴することはできません。したがって、告訴の取り消しは慎重に判断する必要があります。告訴を取り消す場合も、書面または口頭で捜査機関に申し出ます。

非親告罪との違い

親告罪と非親告罪の最も大きな違いは、公訴提起に告訴が必要かどうかです。

非親告罪: 告訴がなくても、犯罪事実があれば検察官の判断で公訴提起が可能。
例: 殺人罪、傷害罪、強盗罪、放火罪、覚醒剤取締法違反など、社会全体の法益や国民の生命・身体・財産といった重大な利益に関わる犯罪が多い。

親告罪: 被害者などの告訴がなければ、たとえ犯罪事実があっても公訴提起ができない。
例: 名誉毀損罪、侮辱罪、親族間の特定の財産犯など、個人のプライバシーや家庭内の平和など、より個人的な利益に関わる犯罪が多い。

この違いは、犯罪に対する国家の介入の度合いを示しています。非親告罪は社会全体の秩序維持のために国家が積極的に介入しますが、親告罪は個人の意思やプライバシーを尊重し、介入を限定しています。

よくある疑問点

告訴がない場合、捜査は行われるのか?

親告罪の場合でも、告訴がなくても警察が捜査を開始することは可能です。例えば、犯罪事実を認知した場合や被害届が出された場合など、証拠収集や事実確認のために捜査を行うことがあります。しかし、告訴がない限り、最終的に被疑者を公訴提起して刑事裁判にかけることはできません。捜査は可能だが、起訴には告訴が必須、という関係になります。

複数の被害者がいる場合

親告罪に該当する犯罪で、複数の被害者がいる場合、原則としてそれぞれの被害者ごとに告訴が必要です。たとえば、ある記事で複数の個人の名誉が同時に毀損された場合、その記事の作成者を名誉毀損罪で起訴するためには、個々の被害者がそれぞれ告訴を行う必要があります。ただし、被害者のうちの誰か一人から告訴があれば全員について公訴提起できるという特例が定められている場合もあります(例: 著作権法違反の一部など)。

親族間の犯罪の特例について

相対的親告罪である親族間の犯罪(刑法第244条)では、対象となる「親族」の範囲が重要です。これは前述の通り、配偶者、直系血族、同居の親族です。たとえ親族であっても、別居している兄弟姉妹や、配偶者の親族であっても同居していない場合などは、この規定の「親族」には含まれないため、その者に対して犯した財産犯は親告罪ではなくなります。この規定は、古くから日本の家族制度や道徳観を背景に存在する特例であり、現代社会においてはその妥当性が議論されることもあります。

親告罪の制度は、日本の刑事司法における重要な仕組みの一つであり、個人の意思を尊重しつつ、特定の犯罪に対する国家の対応を規定しています。自分が被害にあった犯罪が親告罪に該当するかどうかを知り、適切な手続き(告訴の期間や方法など)を理解しておくことは、権利を行使する上で非常に大切です。

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