日本は地形が急峻で地質が脆い箇所が多く、また梅雨前線や台風などによって集中豪雨が発生しやすいため、土砂災害のリスクが高い国です。土砂災害には、斜面が崩れ落ちる崖崩れ、土砂や岩石が一体となって流れ下る土石流、斜面がゆっくりと、あるいは急速に移動する地すべりなどがあります。これらの土砂災害から国民の生命を守るため、「土砂災害防止法(土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律)」に基づき、特に危険性の高い区域が指定されています。その中でも、より強い規制や対策が必要とされる区域が「土砂災害特別警戒区域」です。
土砂災害特別警戒区域とは何か?(是什么)
土砂災害特別警戒区域(通称:レッドゾーン)は、土砂災害警戒区域(通称:イエローゾーン)の中でも、特定の土砂災害が発生した場合に、建築物に損壊が生じ、住民の生命または身体に著しい危害が生じるおそれがある区域として、都道府県知事が指定する区域です。
土砂災害警戒区域(イエローゾーン)との違い
土砂災害警戒区域(イエローゾーン)は、「住民に危害が生じるおそれがある区域」であり、主に警戒避難体制を整備するために指定されます。一方、土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)は、「住民の生命または身体に著しい危害が生じるおそれがある」という、より切迫した、建物の損壊を伴う危険性がある区域です。そのため、レッドゾーンではイエローゾーンにおける警戒避難体制の整備に加えて、後述するような建築物の構造規制や特定の開発行為の制限など、より厳しい規制が課されます。
どのような土砂災害が対象か?
土砂災害特別警戒区域の指定対象となる土砂災害は、以下の3種類です。
- 崖崩れ(急傾斜地の崩壊):高低差が5メートル以上の急な斜面(傾斜度30度以上)が、大雨や地震などによって突然崩れ落ちる現象です。特別警戒区域は、崩壊した土砂が到達する範囲で、建築物の損壊により生命に危険が生じるおそれのある区域が対象となります。
- 土石流:山腹や川底に堆積した土砂や石、流木などが、大雨などによって水と一体となって津波のような速さで流れ下る現象です。特別警戒区域は、土石流の発生により建築物に破壊(土石流の力の作用による)が生じ、生命に危険が生じるおそれのある区域が対象となります。
- 地すべり:斜面の一部または全部が、地下水の影響などにより、ゆっくりと、または比較的速く塊として移動する現象です。特別警戒区域は、地すべりによって建築物の構造が破壊され、生命に危険が生じるおそれのある区域が対象となります。
なぜ土砂災害特別警戒区域が指定されるのか?(なぜ)
土砂災害特別警戒区域が指定される主な目的は、土砂災害による人的被害(特に生命の損失)を未然に防ぐことにあります。
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生命を守るため
特別警戒区域は、土砂災害が発生した場合に、その破壊力によって建物が壊され、中にいる人が巻き込まれる危険性が特に高い場所です。そのため、建築物の構造を強化したり、危険な場所への新たな居住を制限したりすることで、住民の命を守るための対策を重点的に実施するために指定されます。
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円滑な避難を促すため
危険性の高い区域であることを明確にすることで、住民の皆さんに日頃から土砂災害のリスクを意識していただき、いざという時に迅速かつ安全に避難するための準備や心構えを促す目的もあります。指定された区域内の住民は、市町村が作成するハザードマップや避難計画において、特に注意すべき対象となります。
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防災対策を計画的に進めるため
どこにどのような危険があるのかを明確にすることで、国や都道府県、市町村が砂防堰堤の設置や急傾斜地の補強などのハード対策、または避難体制の整備や住民への周知などのソフト対策を、より効果的かつ計画的に進めるための基礎情報となります。
土砂災害特別警戒区域はどこにある?(どこ)
土砂災害特別警戒区域は、日本全国の山間部や丘陵地、あるいは海岸沿いの急傾斜地など、土砂災害が発生しやすい地形の場所に広く分布しています。具体的には以下のような場所の周辺に多く見られます。
- 傾斜が急な山や崖の麓
- 谷や渓流の出口
- 過去に土砂災害が発生したことがある場所やその周辺
- 大規模な造成地や切土・盛土がされている場所
- 地下水が豊富で地盤が緩みやすい場所
ただし、これらの場所の全てが指定されているわけではありません。実際にどの場所が特別警戒区域に指定されているかは、都道府県が行った調査に基づいて決定されます。
土砂災害特別警戒区域はどれくらいある?(どのくらい)
土砂災害特別警戒区域は、全国の土砂災害のおそれがある箇所に対して順次指定が進められています。令和4年3月末の時点で、全国には土砂災害のおそれのある箇所(基礎調査によって抽出された箇所)が約53万箇所あり、そのうち約31万箇所で基礎調査が完了しています。そして、基礎調査が完了した箇所のうち、約15万箇所が土砂災害警戒区域に、約10万箇所が土砂災害特別警戒区域に指定されています(残りは指定の必要がない箇所)。
これはあくまで指定済みの箇所数であり、まだ基礎調査が進んでいない箇所や、今後新たな危険箇所が判明する可能性もあるため、この数は変動します。指定は都道府県知事が行い、国の計画に基づき、概ね5年で完了を目指すこととされていますが、全国には膨大な数の危険箇所があるため、指定作業には時間を要しています。
自分が住んでいる場所や所有している土地が特別警戒区域に含まれているかどうかを知りたい場合は、各都道府県のホームページで公開されている土砂災害警戒区域マップやGIS(地理情報システム)、あるいは市町村役場の窓口で確認することができます。
土砂災害特別警戒区域はどのように指定される?(どうやって – 指定)
土砂災害特別警戒区域の指定は、以下の手順で進められます。
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基礎調査の実施
都道府県が、地形図や過去の災害記録などを基に、土砂災害のおそれがある区域を抽出するための基礎調査を行います。
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詳細調査の実施
基礎調査で抽出された区域について、現地での測量や地質調査、過去の災害履歴の確認など、より詳細な調査を行います。この調査で、特定の土砂災害が発生した場合に、土砂が到達する範囲やその破壊力(衝撃圧や堆積深など)を予測します。
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調査結果の公表と意見聴取
詳細調査の結果がまとまったら、その内容を住民に周知し、意見を聴くための期間(案の縦覧など)が設けられます。この場で、住民は調査結果に対する意見や質問を提出することができます。
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土砂災害防止審議会等の意見聴取
都道府県に設置された専門家などで構成される審議会等に、調査結果と住民からの意見を提出し、指定の妥当性について意見を求めます。
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特別警戒区域の指定と告示
審議会等の意見や住民の意見を踏まえ、都道府県知事が土砂災害防止法に基づき、特定の区域を土砂災害特別警戒区域として正式に指定します。指定された区域は、都道府県公報への掲載などの方法で広く一般に告示されます。
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市町村への通知と周知
指定された区域に関する情報は、速やかに市町村に通知され、市町村はハザードマップへの反映や住民への周知活動を行います。
このプロセスを経て、ある区域が土砂災害特別警戒区域として法的に位置づけられます。
土砂災害特別警戒区域に指定されるとどうなる?(どうやって – 規制・影響・対策)
土砂災害特別警戒区域に指定されると、住民の生命を守るために様々な規制や対策が講じられます。これらの規制は、土地の利用や建物の建築に大きな影響を与えます。
1.建築物の構造規制
特別警戒区域内で居室を有する建築物(住宅、学校、病院など)を新築、増築、改築、移転する際には、土砂災害が発生した場合に想定される土砂の力に対して、建築物の構造が安全であるかどうかのチェックが必要になります。具体的には、建築基準法の基準を満たす必要があり、より頑丈な基礎や壁の補強などが求められる場合があります。これにより、建築コストが増加する可能性があります。
2.特定の開発行為の制限
特別警戒区域内では、住宅宅地分譲や社会福祉施設、学校などの特定の開発行為に対して、都道府県知事の許可が必要になります。許可の基準は厳格であり、安全性を確保するための工事(擁壁の設置や地盤改良など)を行うか、避難計画を適切に策定するなど、厳しい条件を満たす必要があります。これにより、事実上、新たな住宅団地の造成などが困難になる場合があります。
3.建築物の用途制限
都道府県によっては条例により、特別警戒区域内における新たな居住用の建築物の建築を原則禁止している場合があります。これは、最も危険性の高い場所への新たな居住を抑制し、人命被害のリスクを高めることを避けるためです。ただし、これは条例によるため、全ての都道府県で一律ではありません。
4.移転等に対する援助
特別警戒区域内に居住されている方が、安全な場所へ移転するための支援措置が設けられています。「土砂災害防止対策工事等助成事業」などにより、住宅の移転や改修、土地の取得などにかかる費用の一部に対して、国や地方公共団体からの助成を受けることができる場合があります。これは、危険な場所からの居住者の移転を促進するための重要な制度です。
5.宅地建物取引時の重要事項説明義務
特別警戒区域内の宅地や建物を売買する際には、不動産業者に対して、その物件が特別警戒区域内にあること、そして区域内で課される制限内容について、取引相手(買主や借主)に対して重要事項として説明することが義務付けられています。これにより、物件購入者がリスクを十分に理解した上で取引を行うことができるようになります。
6.土砂災害ハザードマップによる周知
市町村は、特別警戒区域を含む土砂災害ハザードマップを作成・更新し、住民に配布したりホームページで公開したりする義務があります。これにより、住民は自宅や周辺地域の土砂災害リスクを視覚的に確認することができます。
7.警戒避難体制の整備
特別警戒区域は、最も迅速な避難が必要とされる場所です。市町村は、区域ごとに避難場所や避難ルートを指定し、避難勧告や避難指示などの避難情報を発令する際の対象区域として位置づけ、住民への情報伝達体制を整備します。住民は、日頃からハザードマップを確認し、避難場所や避難ルート、連絡方法などを家族で話し合っておくことが非常に重要です。
土砂災害特別警戒区域に住んでいる方が取るべき行動(どうやって – 対策)
ご自身やご家族が土砂災害特別警戒区域にお住まいの場合、あるいは特別警戒区域内に土地や建物を所有されている場合は、以下の行動を強く推奨します。
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ハザードマップを確認する
お住まいの市町村が作成・公開している土砂災害ハザードマップを必ず確認し、自宅や周辺地域の正確なリスク(どの種類の土砂災害が発生する可能性があるか、避難場所はどこか、避難ルートはどうか)を把握してください。分からない点は役場の窓口に問い合わせましょう。
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避難計画を立てる
家族で避難について話し合い、いざという時にどのように行動するか具体的な計画を立てましょう。避難のタイミング、避難場所までの経路、家族との連絡方法、持ち出し品リストなどを決めておくことが重要です。
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避難訓練に参加する
地域で行われる避難訓練に積極的に参加し、実際に避難行動を体験しておくことで、いざという時に落ち着いて行動できます。
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自宅の安全性を確認する
建築された時期によっては、土砂災害に対する構造的な安全性が十分でない可能性があります。必要に応じて専門家(建築士など)に相談し、耐力壁の設置や基礎の補強など、可能な範囲での対策を検討しましょう。ただし、用途制限などにより大規模な改修や建て替えが難しい場合もあります。
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移転支援制度を検討する
もし、現在の場所での生活に不安がある場合や、より安全な場所への移転を検討したい場合は、市町村や都道府県の窓口に相談し、移転支援制度の詳細や利用条件を確認しましょう。公的な助成を活用できる可能性があります。
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日頃から気象情報を確認する
大雨が予想される際には、テレビやインターネット、スマートフォンのアプリなどで気象情報(大雨警報、土砂災害警戒情報など)をこまめに確認しましょう。市町村から発令される避難情報(高齢者等避難、避難指示など)にも常に注意を払い、危険を感じたら躊揄なく早めに避難行動を開始することが何よりも重要です。
土砂災害特別警戒区域の指定は、決してその地域を危険地帯として見捨てるためのものではなく、「そこに住む人々の命を最大限守るために、最も力を入れて対策を講じる必要がある区域である」ということを明確にするためのものです。この指定の意味を正しく理解し、日頃からの備えと、いざという時の適切な行動につなげることが、土砂災害から身を守る上で最も重要な鍵となります。